HOME > 会社案内 > 企業理念

企業理念

情報を・・・絆とともに。

降る星の数ほど人はいても、絆で結ばれる人々はほんの一握りに過ぎない。地球という一つの星の上でめぐりあい、触れ合い、心が通い合い、そして、しっかり結ばれた絆を大切にしたい。今日の出会いをこれからもずっと大切にしていきたいと、私たちは考えます。もっとすばらしい明日のために、多くの人の心をはぐくむために、鎌倉新書はよりよい情報をお届けしてまいります。
たとえば、8つの絆 我が家には6匹の猫がいる。オス1匹、メス5匹。まるで、家族同様に生活している。なかでも、いちばんの古株はメスの“ミーシャ”。 5年ほど前に娘が拾ってきた猫だ。彼女はしばらくの間、自由気ままな1匹だけの生活を謳歌していた。そのせいか、自分が人間であると思っているフシがある。

オスの“一平”とメスの“花子”兄妹(あるいは姉弟かもしれない)がやってきたのは3年前。猫同士のコミュニケーションを全くしたことがなく、わがまま極まりなく育ってきた“ミーシャ”にとっては驚きの闖入者だ。2匹は興味津々に接触を図ろうとするが、これがうまくいかない。近づけば「フーッ」、さらには猫パンチまで繰り出す始末。食事も睡眠もトイレも、日ながのんびりするリラックスタイムも別々という生活ぶりだ。でも、妻や娘にはそれぞれ都合よく甘えている。私がちょっとでも叱ろうものなら妻に言い付ける。困ったものだ。そんな日々が続いていた。
そこに、今度は家の近くに捨てられたらしい生まれて間もない子猫2匹の登場と相成った。姉妹らしい。“ヒカリ”と“マイ”と名付けられ、我が家で寝食をともにすることになった。1年ほど前のことである。これがまた子猫だけに傍若無人のふるまい。1週間もたつと、我が物顔で部屋中をかけずり回るようになった。そして、最後の1匹“ポノ”がやってきたのはつい最近。友人が引っ越し先でどうしても飼えなくなったというのだ。白猫で、ヒカリやマイとほぼ同年齢らしく、この3匹はすぐに打ち解けたようだ。

こうして3人と6匹の同居生活が始まった。妻にとっては6匹が自分の子供のようにかわいらしく、また彼らもそんな思いを感じてか、母親のごとく甘えている。妻は食事・兼トイレ担当、娘は遊びの担当と認知されているらしい。私はといえば、ミーシャを除いては怖い存在になっているようで、5匹とも私の姿を見るとクモの子を散らすように逃げて行く。ミーシャ、一平、花子、ヒカリ、マイ、ポノ、娘、妻、そして私の不思議な関係はそれでも日ごとに深まっている。
再び、3つの絆 娘が20歳になった。やっとというか、早くもというか・・・日に日に変わっていく姿はまぶしいものがある。ここまでよく育ったものだと、大学生になった彼女の弾けるほどの若さを見て感嘆する思いである。思えば、小学生の頃は学校の行事があるたびに決まって熱を出したり、腹痛を起こしたりしていたっけ。勉強にしたって、宿題をするのが精一杯で、いつもテレビゲームをしたり、本やマンガを読んだり、友達と近くのお寺の境内で遊んでいたり・・・。なかなか勉強しないものだから、ついつい小言。そのたびに目にいっぱいの涙をためて泣いたものだった。一人っ子のせいか、どうしても視線のすべてが娘に向いてしまうのだ。

彼女の成長とともに、口うるさい父の姿はだんだん疎ましい存在と感じるようになっていったようだ。妻にしても思いは同じらしく、私と同じような小言を言っていた。その結果 、しばらく言葉さえ交わさない時期もあった。3人しかいない家族がそれぞれ別な方向を向いている。娘の帰宅時間も遅くなり、私はといえば仕事を名目にして忙しくふるまっていた。妻は妻で自分の仕事と趣味に多忙な日を送っていた。おかげで家族は会話を忘れたように、黙々とした時間を過ごすようになった。家族疲労とでも言うのだろうか。

「パパ〜ッ、支度できたァ」と、隣の部屋から娘と妻の声。そうだ、きょうは3人で映画を見に行くことになっていたんだ。ある日を境に、我が家でもそれぞれ規制緩和がなされ、会話もマインドもすっかりオープンになった。お互いがお互いの肩のチカラを抜いたとたん視野も広がり、お互いの立場を分かり合えるようになった。娘も最近では、自分の思いの丈をポンポンと矢継ぎ早に返してくる。ちょっとでもスキを見せようものなら、すかさずに・・・だ。私など太刀打ちができないほどである。一方、妻との関係も昔を思い出したかのように、少ない会話のなかではあるが、心の行き来がはかれていると感じている。ようやくにして今、あらためて家族の絆が結ばれた気がする。それにしても、一体何の映画を見に行くのだろうか。立ち見はいやだな。

まず、身近な絆から ピーター・ドラッガーはかつて「いかなる国といえども、社会が真に機能するためには絆が不可欠である」と語っている。戦後の復興から高度経済成長へ一気に発展の階段を上り詰め、やがて、80年代後半から始まったバブル経済の膨張、そして崩壊へ・・・。グローバルスタンダードを受け入れ、いま日本経済は第二の復興を目指す。そこでは数々の規制緩和とともに、終身雇用制度の崩壊やリストラ、企業倒産といった深刻な事態も頻発している。だが、古いシステムの破壊は、言い換えれば新しい未来への一過程である。システム再構築は日本の社会や企業だけにとどまらず、地域、学校、家庭内においても大きな影響を及ぼす。古いシステムといっしょに破壊してはならないもの・・・・・・それは「絆」。
人と人との関係に信頼が損なわれ始め、同時に自信さえも喪失しているのが現状である。お互いの信頼がなければ、家庭、学校、社会、国家さえもうまく機能することができない。一つの信頼が絆となり、それは人と人とをしっかり結びつけてくれる太いパイプとなるはずだ。絆とは、そもそも馬や犬、鷹などの動物をつなぎとめる綱のことを意味していた。それが「断つにしのびない恩愛」「離れがたい情実」へと転じたものらしい。

社会のなかにあって、人は一人で生きてはいけない。人と人がいて、出会い、触れ合い、そしてお互いを分かり合って信頼が生まれ、絆で結ばれていく。今、私たちに求められているもの。それは、信頼に培われた絆であると思う。夫婦の絆、親子の絆、ペットとの絆、学校の先生との絆、そして地域の人々との絆・・・。身近な絆が結ばれてこそ、社会や国家が上手に機能するに違いない。まずは、自分たちの身近な絆づくりから始めたい。 鎌倉新書の理念 「いい国つくろう鎌倉新書」というスローガンのもとに鎌倉新書は昭和54年に創業しました。願いの一つは、日本の精神文化の礎である仏教を扱う立場から、日本人の伝統文化を伝える手助けを行うことによっていい国づくりを目指したいという気持ち。もう一つは出版というコミュニケーションの重要な手段を担う立場から、高いモラルと倫理観を追求して社会に貢献したいという思い。この2つを原点にして、常によりよい情報をお届けし続けています。

情報と絆を基本に経済のボーダレス化と同時に家庭、地域、企業、国家といったそれぞれのレベルにおいて、私たちは人と人との「絆」を忘れつつあるのではないでしょうか。垣根のない開かれた社会であると同時に、「絆」でしっかり結ばれた社会。これらのバランスのとれた状態こそ、社会が真に機能するために必要なのではないかと思います。

鎌倉新書は創業以来、出版社として今日に至ってまいりました。しかし、出版は、情報を必要とする人々に伝える手段の一つに過ぎません。今日ではIT(情報技術)の進展により、情報はさまざまな形態で人々に伝えられます。情報を求める人々のニーズに合わせた形態で伝えること、これがこれからの日本社会の一構成員である企業の使命であり、そのことによって鎌倉新書もその存在を許されるのだと考えるからです。

今日、技術革新と経済のグローバル化のなかで商品やサービスの供給は常に需要を大きく上回り、豊かな生活を達成する過程において、求める情報は多様化しています。その意味で、情報はニーズに合わせた形で伝える必要が生じているのです。出版というのは情報を伝達する技術であり、肝心なのはその中身です。したがって、情報は人々のニーズに合わせて提供する必要があります。

このようなボーダレスな社会と情報技術の進展は、私たちの未来を大きく変化させることでしょう。「情報」と「絆」、これこそ鎌倉新書が考える未来であり、情報の発信を通して社会の「絆」づくりに貢献していきたいと考えています。

 

鎌倉新書で働く