会長コラム“展望”

欧米の変容と呑気な日本

2017/02/01

社会

america_daitouryousen_man 前々回、テクノロジーの進展が社会を大きく変えていることを書いてみた。単純労働をコンピューターやロボット等の機械で代替することが、オフィスや工場での雇用を奪ってしまう。そんなことが先進国で長期にわたって継続的に行われた結果として社会は数少ない持てる層と数多くの持たざる層に分断されてきた。しかしながら、人間の持つ権利は等しく、投票権は1人に1票だから、ここから生まれる不満を利用するポピュリストが登場しているという流れがみられるようになった。そして、このような一連の流れが、英国の欧州連合(EU)離脱を生み、米国のトランプ候補を米大統領に当選させてしまった。さらには、このような人間の明確な分断は、一時的なムーブメントではなくテクノロジーの進展が生んだ負の要素であるからこれはまさにメガトレンドであろうことも呑気に書いてみた。


そんなことを思っていたら年末年始に読んだ書籍の中で、わたしのような浅学な素人ではなく、著名な学者がこのような事態の背景について的確な指摘をしているのを見つけたので少し紹介してみたい。北海道大学の吉田徹教授は、12月15日の経済教室(日本経済新聞)で以下のように解説している。


英国のEU離脱やトランプ候補に投票したのは「製造業を中心に安定雇用を得ていた没落する中間層」であり、彼らこそが戦後の政治経済の変容によって生まれた「グローバリズムの敗者であると吉田氏は指摘する。戦後に欧州の格差が縮小していたのは、経済成長を通じた所得の向上よりも、資本所得・労働所得の分配の是正が社会政策として行われていた影響が大きかったという。

ちなみに19世紀には国内総生産(GDP)の10%以下に過ぎなかった欧州の政府支出は50年代に30%、70年代には40%まで拡大していた。こうして戦後は、歴史的に対立してきた、国境を越える資本主義と国内にとどまる民主主義をケインズ型福祉国家がうまく媒介してきたという。このことを吉田氏は「自由貿易と国内雇用・産業がトレードオフにさらされることを拒否するのが戦後体制だった」と指摘する。しかしこの体制は70年代のブレトンウッズ体制の崩壊とオイルショックをきっかけに崩れていく。国家債務の増加とインフレを経験した先進国は小さな政府へとかじを切ることになる。税率の引き下げや規制緩和、労働市場の自由化などだ。

このことはサービス産業の進展を促し、英米では70年代に比較して製造業での雇用は半減した。サービス業は、高学歴の高付加価値労働と、単純な低賃金労働に二極化し、欧米では移民などで構成される後者の多くは非正規雇用となる。そして、製造業を支えてきた中間層は豊かさから遠ざけられることになる。今回の米大統領選挙でトランプ候補はこの中間層の不満を掘り起こしたわけであり、この一連のグローバリズムによる中間層の退場は政治のあり方も変容させていくだろうと締めくくっている。


ということで、前々回に書いたことは事態を単純化しすぎていたので、至らぬ点を専門家の視点を要約することで補ったわけだが、それでは欧米はさておき、日本は今後どうなっていくのだろう。幸い(?)なことに、日本はいまだ政府支出を野放図に続けている珍しい国である。おかげで、中間層の没落といった状況が目に見えて生まれているわけではない。寿命が尽きてしまった製造業を延命させ、外資から守り、そして雇用も最後の最後まで守られる努力がいまだに続けられていることは見ての通り。同じことを次は東芝でやろうとすることもほぼ決まりだろう。

国が借金を重ねて、多くの中間層(選挙民?)を心地よい状態にしておくことはいつまでできるのかは疑問だが、だからといって小さな政府や自由化を進めすぎると明確な敗者層が生まれ、これが急進主義につながる。ポピュリズムの波に翻弄される欧米を見ながら、ほらね、小さな政府や自由化を進めすぎるとこうなるでしょう、と余裕で言える状況になるとも思えない。どっちにしても次の世代は大変だなあ、と思ってしまう今日この頃である。


株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝