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会長コラム“展望”

ビジネス 2017.04.01

専門家に求められること

 3月は昨年度の所得などから、納税額を確定させる時期だ。わたしなどはこまめな事が大の苦手で、いつも期日の直前になってバタバタと資料や書類を集め、税理士さんに送りつける。ただでさえ忙しい時期なのに、直前に届けられたほうはいい迷惑だと思うけど、期日には間に合わせて欲しいといった態度はなかなか崩せない。ココロの中でごめんなさいと思いつつ、追加の資料がまた出て来ました、なんてやっている(苦笑)。それなのに担当の税理士さんは親切にも「ご家族が通われていた○○病院はご自宅から遠いようですが、電車で通われていましたか?」などと親切にも聞いてきてくれて、数千円の納税額をセーブしてくれる。そんな時には「さすが専門家だよなあ」と思ってしまうが、よく考えてみればそんなことは誰でも知っているよというレベルのことなのかもしれない。でも素人にとって専門家が輝いて見えるのは、シンプルな事柄を親切にわかりやすく説いてくれた時なのだ。複雑なスキームを駆使して、租税を回避してくれる専門家もあるだろうが、そんなことはレアケースだろうし、無論わたしなどには関係がない。


 子供が熱を出した時に病院に連れていくと、「これは〇〇性××症です。〇〇〇〇と××××(薬の正式名)を処方しますのでこれを飲んで、当分の間安静になさってください」なんて真面目な医者は言うのかもしれないが、「大丈夫です、安心してください。おくすり飲んだら2、3日で治りますよ」と母親に言い、子供に向かっては「良い子にして、ママの言うこと聞いてちゃんとおくすり飲むんだぞ。そしたらすぐ良くなるからね」という医者の方が、近隣で交わされる日常会話では名医ということになる。専門性を突き詰めなくても、たまにやって来る良く分からない症状の患者に対しては、大学病院の紹介状を書けばそれで事が足りるわけなんだし……。



 要は専門家になるためには専門性は必要ではあるが、その専門性を活かして依頼者の問題解決を手伝う際に必要なのは専門力ではなく、コミュニケーション力や親切さ、わかりやすさを通して相手を安心させる力なのである。


 もちろん、税理士にも医師にも最先端の知識や専門性を駆使して、数的にはごく僅かな対象の問題解決を図る人たちは必要ではある。しかし、圧倒的多数の人たちにとって必要なことは、目の前の問題を解決できると思い込める安心感なのである。わたしが見る限り、開業医として成功している医師は、たいていコミュニケーションの達人であるし、これは素人の問題解決のお手伝いをするすべての専門家に当てはまるのではないか、そんなことを日常で感じている。


 次は僧侶という専門家のこと。素人が専門家に依頼しても、素人が問題解決あるいは満足感につながっていないと感じているサービスのひとつに僧侶による導師としての役務の提供がある。お経を上げることには大切な意味があるのではあろうが、その事が分からない人が対象であるならば、前述の税理士や医師同様にコミュニケーション力や親切さ、わかりやすさを通して依頼者を安心させてあげる事が必要なのではないかと感じるのである。そんなことを言うと僧侶が行うのはサービスの提供ではない、という人もいる。であるならば、同じタイミングでの依頼者との金銭の授受は避けた方が良いだろう。それは依頼者から見てサービスの提供だと勘違いさせてしまい、結果として金銭を提供者する側の不満足を招き、結果的に将来の需要を先細りにするからである。こんな風に書くと、そんな事は分かっている、でもどうして良いのか分からないんですよという声が聞こえてきそうだ。でも、宗教あるいは宗教的なものに対するニーズがない訳ではないことは、大きく発展をしている宗教団体を見ればわかる。


 以上、専門家には一部の人のための、専門性を突き詰めた専門家と、残り多くの人のためのコミュニケーション力とわかりやすさを通して安心を提供する専門家の2つの役割があることを言ってみたかった。


株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝