会長コラム“展望”

ギリシャ危機の意味

2011/12/01

個人的価値観


幼少のころ、夜に虫歯が痛むと母は薬を飲ませてくれた。すると不思議なことに痛みがなくなった。そのころの私は、虫歯が治ったものだと思っていたが、それは痛みを感じさせなくしただけで、虫歯が治ったわけではない。


ギ リシャはヨーロッパ文明の発祥の地でもあり、文化や経済面で世界の中でも重要な役割を果たしてきた歴史ある国だ。古くからEUにも加盟し、2001年からはEUの共通通貨であるユーロを導入してきた。その意味でギリシャは先進国のグループに属していたのであろうが、人口1,000万人程度の小国であり、観光以外にはさしたる産業もないしたがって経済成長もたかだか知れていた。

また、近隣には東欧や中近東、北アフリカの発展途上国がたくさんあるから、国内で何かを製造してもコスト的な優位性を築くことはできない。そのような環境の中だから当然雇用も生みだせない。仕方がないから国が雇用を作り出し(驚くことにこの国では国民の4分の1が公務員)、財政が苦しくなれば国債を発行して(その上、財政状況を偽って)他の国や銀行に買わせて生き延びてきた。

こんなことをして取り繕ってきたこの国の財政が破たん寸前の危機的な状態にあることが、最近になって世間にバレてしまった。本来ならば国家財政の破たんとい うことになるのだろうが、事は単純ではない。このギリシャの国債を、他のEU諸国の金融機関が大量に保有しているというのだ。なぜならばユーロを導入して いる国同士であれば為替のリスクなしに、国債への投資が行えるからだ。ならば(国が破たんしないことが前提の上で)利回りの良い国債を保有しようということになる。ギリシャがこんなことになるなんて夢にも思っていなかったのだ。

さて、この状況でデフォルト(債務不履行)になってしまえば、EU内の金融機関は軒並み信用危機に陥る。そうなれば、ユーロの信用は地に落ち、EU経済に破壊的な打撃を与えてしまう。さらには、EUの他国がギリシャ化するリスクもあ る。国家財政が脆弱な国はポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインなど他にもあるからだ(因みにそれらの国は豚・PIGにかけてPIIGSと総称さ れている)。直近ではイタリアの危機が言い立てられている。しかし、この国はギリシャとは異なり経済規模が格段に大きいため、連鎖は何としてでも避けなく てはならない。もしイタリアが破たんするとユーロは崩壊するだろうし、世界経済にも甚大な影響を与えるだろう。今や世界の経済は複雑に絡み合っているの だ。

さて、ギリシャであるが、EU諸国や債権者の援助により破たん自体は回避されそうな雰囲気ではある。でも、借金を一時的に棒引きしてもらっても、根本的にギリシャに経済成長がなければ、問題の解決にならない。企業でも国家でも生きていくために必要なことは同じだ。

 売り上げを上げる→経済成長

原価を下げる→生活水準を下げる

販売管理費を下げる→政府のスリム化

ボー ダレス化した世界において、単純な労働は常に賃金の安い新興諸国に移転する。これは絶対に避けることはできない。日本においても多くの単純労働が中国やア ジア諸国に移転した。それを避けようと思えば、日欧米の先進諸国は、賃金格差が是認されるだけの違いを人的資源から生み出し続けなくてはいけない。しかしそんなことができるのだろうか。無理であれば、これらの先進国ができることは生活水準を下げることである。

ところが、生活水準を下げましょ うと国民に訴えて、それが国民の支持を受け、権力を掌握できる、そんな民主主義国家はあるのだろうか? 答えはノーだ。ギリシャだって国民の支持を得られていない。国民が地獄のふちをのぞいて、置かれている状況を正しく認識することができるようになるまでは、国民は問題を自らのこととしない。そこまでいって初めてその意識が芽生えるものだろう。

このように考えてみると、今日ギリシャ危機からいま世界に何が起こっているのかを以下のように定義することができる。


 「(世界がボーダレス化したために起こった)日欧米の豊かな国々と、豊かさを希求する貧しい新興の国々との間での生活水準の裁定取引」


以前の日本と中国の賃金格差は70倍程度あった、とどこかで読んだことがある。裁定が働き、今ではおそらく7倍とか10倍とかだろう。これがさらに時間をか けて(同等まではいかないまでも)2倍とかになるのだろう。この間日本は横ばいもしくはマイナスし、中国の成長を待つことになる。

このように考えると、ギリシャ危機が仮に去っても、同様の問題は他の先進国に噴出することが容易に理解できる。それは、高い給与水準と、他国に移管できる産業構造と、低い徴税能力(ギリシャの税金の捕捉率は50%という)、低い政権担当能力を併せ持った国に発生するわけで、その最有力候補がギリシャ以外の PIIGS緒国というわけだ。

日本の財政状況も危機的なものではあるが、相対的にはこれらの国々よりも優位なためその危機はまだ先のことなのかもしれな い。しかし、問題が去ったわけではないのだから、そのような兆候が現れないか注意深く見ておく必要がある。

21世紀の前半は、富が先進諸国から新興諸国に移る半世紀なのだ。この構造が続く限り、日欧米の先進諸国に危機が訪れる国が必ず現れる。グローバリゼーションとはつまり、世界中で裁定取引が行われているということ。格差がある限り、富の偏在がある限り裁定取引は続けられる。市場をクローズにするか、開放したままでこのような危機をたびたび迎えることを甘受するか道は二つに一つである。

ギリシャ問題に関しては、危機を脱したかのような報道がなされているが、これは痛み止めが効いてきたというだけで、虫歯という問題が解決されたわけではない。


株式会社鎌倉新書

代表取締役社長 清水祐孝