会長コラム“展望”

不格好なカッコよさ

2013/07/31

ビジネス

電車の中で乗客を観察していると、最近ではその多くがスマートフォンを操作している。ニュースを読んだり、メールを書いたり、ゲームをしたりと、やっていることはさまざまなようだが、目的地に向かう間の時間を有効活用するにはスマートフォンはもってこいのアイテムのようだ。その余波でスポーツ新聞やマンガを読んでいる人を見かけることはめっきり少なくなった。乗客のニーズはスポーツ情報やマンガというよりも、暇つぶしに対するものなわけで、今日、新聞社や出版社はより便利なスマートフォンにお客を取られてしまったという話である。


一方、車内で活字の本を読んでいる人の数は以前からさほど変わっていない。これらの人の需要は、暇つぶしではなく確固たる読書に対する需要なわけだから、スマートフォンには流れることはない。この「日刊ゲンダイ」のライバルは「東京スポーツ」ではなく、「少年ジャンプ」のライバルは「コミックモーニング」ではない、という話題は以前にも書いたことがあるのでこのくらいにして、本稿では、現代の暇つぶし需要のチャンピオンの話をしてみたい。


この稿の読者の多くは、DeNAという会社名はピンとこないかも知れない。でも、モバゲーと言えば使ったことはなくても聞いたことぐらいはあるだろう。そしてプロ野球の横浜ベイスターズのオーナーであり、これを買い取った時もひと悶着あったから、そのことで知った人もいるだろう。創業が1999年とまだ十数年しか経っていないが、売上2000億円、経常利益750億円という日本を代表する企業のひとつになってきた。


DeNAは創業時の目論みはインターネット上のオークションサイトの運営を行っていくというものだった。

当時、アメリカにはe-bayというオークションサイトで大成功した事例があり、その日本バージョンをつくろうとしたのだ。しかし、インターネットの世界はウィナー・テイク・オール(勝者がすべてを取る)の世界であり、結局は検索エンジンという強みを持つyahooが日本においてはほとんどのシェアを取ってしまった。並みの企業ならここでアウトになってしまうのだろうが、DeNAはそうはならなかった。ここからもがいてもがいてモバオク、つまり携帯電話でオークションを行うサイトで一発当てた。


その頃の携帯電話はいわゆるガラケー(ガラパゴス携帯電話)で画面は小さいから、こんなもので品定め行為を人々はやるわけはない、というのが一般的な見方だった。しかし、この常識に挑んで見事に成功したのだ。その後はモバイルで培ったノウハウをもとに、ゲーム専用機から携帯電話でゲームをするという流れに乗ってモバゲーでさらなる躍進を遂げた。携帯電話がガラケーからスマートフォンに変わり、通信料が定額化したことで任天堂やソニーなどのゲーム専用機から顧客が大移動を起こしたのだ。


「当初に考えていた事業はコンセプト通りにうまくいくことはない。そこからどれだけもがいて、あきらめずに粘っていくかが試される」。これが、創業当初からの同社を遠くから眺めていて得た教訓だった。そして、粘ってやっていれば必ず道は開ける。そのように考えていた。


さて、最近になってDeNA創業者が同社の起業から今日に至るまでの道のりを記した著書を発行した。「不格好経営」という今では謙遜にしか聞こえないタイトルではあるが、七転八倒の成長の軌跡がリアルでかつユーモアあふれる文体で描かれていて、とても好感が持てる一冊だ。読んでみて、筆者が得ていた教訓はおおよそのところはその通りであることを確認するとともに、この著作は新たな大きな教訓も提供してくれた。それは人材についての思いやこだわりだ。


DeNAの競争力の源泉は、とよく訊かれるが、答えは間違いなく「人材の質」だ。人材の質を最高のレベルに保つには、㈰最高の人材を採用し、㈪その人材が育ち、実力をつけ、㈫実力のある人材が埋もれずにステージに乗って輝き、㈬だから辞めない、という要素を満たすことが必要だ。


わたしは、事業コンセプトさえしっかりしていれば、もがいて粘ればそのうち道が開けるものと思っていた。それは半分は当たってはいるのだろうが、そこに人材の質が大きな要素として絡んでくることを新たな教訓として加えさせていただいた。このDeNAという企業は世の中の変化で運よく4ケタ億の企業になったとばかり思っていたが、そうではなかった。それは半ば必然であったことを認識するとともに、人へのこだわりの重要度を改めて考えた次第。


株式会社 鎌倉新書

代表取締役 清水祐孝