2025/10/01
個人的価値観
いくつかのベンチャー企業の経営者のメンターをやっている。上場しているとはいえ、そもそもわたし自身がベンチャー企業の経営者だと思っているので、そんな役割を引き受けるのは不適切かつ不謹慎だと固辞していたのだが、東京ニュービジネス協議会という経済団体で理事をやっている関係から引き受けざるを得なかったのだ。話を聞く中で彼らが直面する大きな課題として、近年の資金調達環境の悪化がある。多くのベンチャー企業は成長していく道筋として、投資を先行させながら顧客をつかみ、商品やサービスを増やしていく。そのため当分は赤字になる企業が多い。その間は銀行からの融資は受けづらく、投資家からのリスクマネーの供給に頼ることになる。4~5年ほど前まではそうした資金が割と潤沢に供給されていたようなのだが、最近ではそれが細っているのだ。
そうしたリスクマネーの供給で大きな役割を果たしていたのがベンチャーキャピタル(VC)なのだが、このVCの姿勢が全般的に消極化しているという。理由は様々なのだろうが、そもそも過去において投資をした資金が果実を生んでいないことがあるのだろう。投資をしたマネーが戻ってこないことには次の投資はできないというわけだ。マネーが戻ってくるとは、つまり投資先が上場するか、あるいは買収(M&A)されるケース、あとは次の投資家が現れるということ。このようなことを指して「イグジット(出口)」などと言われるのだが、わが国においてはこのイグジットの多様化が途上にある。上場はあとで述べるとして、M&Aは増えているようだが後継者がいないといったケースが圧倒的で、ベンチャー企業のそれはこれからという段階だ。そして未公開のままでの株式の流通についても、進展して行く方向にはあるのだろうがまだまだ事例が少ないようだ。
そして上場についていえば、現状は出口が狭くなりつつある。報道によると直近半年でのグロース市場への新規株式公開は昨年比7割の減少となっているという。
グロース企業のIPO7割減、東証改革で選別進む(9月26日 日経新聞)
こうしたことが起こっているのは、もちろん単に門戸を閉じているということではない。改革を進めることで市場を活性化させ、わが国の経済を底上げしようという明確な意図がそこにはある。その発端となったのが、東京証券取引所が2023年に打ち出した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」という提言である。ここでは上場企業は資本コストや株価を意識し、持続的な企業価値向上を実現を目指せ、というメッセージを打ち出している。こうした活性化策を後押しするために、上場維持基準の見直しも順次進めているのだ。東証での主な市場としてはプライム市場、グロース市場、スタンダード市場の3つがある。その中での時価総額の基準は、プライム市場においては流通時価総額100億円以上となっている。グロース市場についても上場5年経過後に、時価総額100億円以上という基準が設けられる予定だ。おそらくスタンダード市場においても市場活性化に向けて今後何らかの新たな基準が設けられることになるだろう。こうしたことが上場を目指すベンチャー企業のハードルを上げるという現実を生み出している。
投資家によるリスクマネーの供給が少数のスター性のあるベンチャーに向かい、そこまでに至っていない数多くの企業への資金調達に影響を与えているのだ。証券会社も前述の基準の変更に合わせて、小粒な企業への上場支援を減らしたり、あるいは上場時期を遅らせることで大型化を目指す方向に舵を切っているようだ。ざっくりであるがこうした背景が冒頭で書いたようなベンチャー企業経営者の悩みを深くしている。
東証が打ち出した改革が及ぼす影響はベンチャー企業や起業家への試練になっている側面もあるが、個人的には目指すところはまったくその通りだと思っている。高齢化が進み人口が減少していくわが国においては、放っておいても経済成長が実現する、なんてことことは難しく、そのためのさまざまな打ち手が必要だろう。市場を活性化し、多くの企業に持続的な価値向上を目指してもらいつつ、そこに世界トップクラスの家計金融資産を投入してもらう、このことはわが国の経済を良くするための策としての大きな柱となるのだろう。なお、このテーマについては本稿で過去にも触れたのでこちらで。
「新しい資本主義」に向けて(2025年1月)
最後に、わたしも含めて経営者は反省をしなくてはならないことがある。少し前までの東証のスタンスは「どんどん上場してください、上場することによって企業の成長に必要な資金を調達し、人材確保や信用力の向上に役立ててください。そして上場を契機としてさらなる企業価値の向上を図ってください」というものであったと思う。しかし蓋を開けてみると、多くの経営者はそこをゴールと捉え、企業はそこからの成長が止まっていたという現実だ。上場を契機に企業はさらに成長するのではなく、上場がゴールであり、そこがピークであったという企業が多かったのだ。ならば簡単に上場させるのではなく、苦しい中で成長し続け、上場することによってさらに成長してくれそうな企業に絞り込もう。そうでないと投資家にも迷惑を掛ける。そう考えるのは当然だろう。いわば先輩企業・経営者の体たらくがこのような事態を生んでいるのだ。
若いベンチャー経営者の話を聞くことで新たな視点が持つことができたことに感謝するとともに、市場改革へのメッセージを真摯に受け止め、企業の持続的な成長(=価値向上)を目指していきたい。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝