2026/03/01
個人的価値観
イタリアで冬季オリンピックが開催されている。日本の代表にもさまざまな競技で世界トップクラスの選手がいるようで、その活躍を楽しみにしている。とはいうものの、わたしは競技の映像をリアルタイムで見たことがない。テレビや新聞などのメディアを通してその結果を知るだけというのが実際のところだ。リアルタイム観戦しないのはもちろん会場であるイタリアと日本の時差のせいもある。しかし、その決定的な理由は、冬季オリンピックの競技や種目になじみが薄かったりすることや、サッカーや野球のように見ていて盛り上がりに欠けるものが多かったりするからなのだと思う。オリンピックは、参加している各国の代表選手にとっては長年の夢や希望が叶う人生の大舞台であっても、見ている側からすればハラハラ、ドキドキ、ワクワクといった高揚感を得られるコンテンツのひとつに他ならない。そうした観点からは、冬季オリンピックはサッカーを頂点とした他のスポーツ競技のみならず、NetflixやYoutubeやテレビ映画等と競合するコンテンツビジネスのひとつであり、これらと消費者の関心を取り合っているといった類のものである。
なんとも「夢」のないことを書いてしまった。ここから話題を変えて「夢」に関しての別の話に展開しよう。わたしは、オリンピックは単なるコンテンツビジネスだと思っている。だけど、それを構成する主役(=選手)は「ひとつの道で頂点を目指して、人生を賭して来た人たち」であり、わたしはそうした人たちに対する崇敬の気持ちを強く持っている。それは彼らが「夢や目標を持ち続け、人並外れた挑戦や努力を行ってきたこと、こられたこと」を同じ人間としてとても羨ましく思っているからだ。というわけでここでは、「夢や目標」についてのわたしなりの考察を書かせていただくとする。
オリンピックに参加している選手たちは、成り行きでここまで到達した人はいないだろう。「国の代表になる」「オリンピックで金メダルを獲得する」など明確な目標を持ってそのための準備をし続けてきたはずだ。具体的な事例を示そう。オリンピック選手ではないが、同じトップアスリートとしてわたしたち日本人にとって最も身近な野球の大谷翔平選手である。彼は、高校一年生の時に「ドラフト1位、8球団指名」を目標として掲げ、これを実現するためにマンダラチャートを作成したという。中心に目標である「ドラフト1位、8球団指名」を置き、その周りにこの大項目を実現するための具体的な要素を書きだした。その中にはスピード160km/hといったものもあれば人間性や運といったものもある。さらにそれらの中項目を実現するための要素を書き出し、といったようにして細かく日々の行動まで落とし込んでいったという。
小さな子供が「将来はお医者さんになりたい」などと言う。また青少年が「東大に合格したい」「弁護士になりたい」「経営者になりたい」などの夢や目標を持つ。それはとても素晴らしいことだと思う。だが、その多くは実現することはない。
では、オリンピックや大谷選手と夢や目標を叶えられない多くの人との違いは何なのだろう。多くの人からは「才能と努力」という答えが返ってきそうだ。確かに大谷選手は日本人離れしたスポーツ選手としては恵まれた体格ではある。人並外れた努力家であることもわかる。でも、わたしたちはそこで思考をストップさせてはいけない。①目標を持ち、②計画を立て、③実行し続ける、ことができたメカニズムがどこにあるのかを考えなくてはいけないのだ。
わたしは①で終わらず、②③に進むために必要な要素は以下のようなことではないかと想像している。
「夢や目標を何としてでも達成するぞという、強い気持ちや信念のようなもの」がうまれるかどうか。これを「腹落ち感」と呼ぶとしよう。
「夢や目標」はそれを持つだけでは不十分で、そこに「腹落ち感」が生まれたときに人生はブレークする。多くの人はこの「腹落ち感」が生み出せないのだ。では「腹落ち感」はどうすれば生み出せるのだろうか。その法則、必勝パターンがわかったら誰だって成功するのだが、そんなものわかるわけがない。ただ、いくつかの仮説を持つことは可能だ。
例えば、何か一つのことをやり続け、どこかのポイントを超えるとそのことに対して「楽しい」という状況が生まれ、これが「腹落ち感」につながるのかも知れない。トレーニングジム通いで最初は辛いと思って続けていた人が、どこかのポイントから「楽しい」とか「毎日やらないと気持ちが悪い」などと言いだすのはこれと似たような現象だと思う。ランナーズハイという状態も同様だ。
宗教団体では、日々お経を唱えるなどの方法で教義の浸透を図り、教勢の拡大をもくろむ。同じような話を何度も聞き、同じ行為を繰り返し行うことでどこかで「腹落ち感」が生まれる、これも仮説のひとつだ。たまに宗教教団が信者に対して法外な寄進を要求し、社会問題になったりする。変な考察だが、こうした信者は教団に対して心底「腹落ち感」を得ているのだろう。
以上はわたしの何の根拠もない想像だけど、重要なことがある。それは「腹落ちは、逆引き思考を生み出す」ということだ。
前述の大谷選手の場合は、8球団から1位指名されるという目標が設定された。それが「腹落ち」すると、そのために何をすべきかということが明確になってくる。これが逆引き思考である。未来から逆算して、その手前でやるべきこと、またその手前でやるべきこと、ときて今日やるべきことに落とし込まれるという考えだ。まとめるとこうなる。
夢や目標+腹落ち感=逆引き思考→夢や目標の実現
今回はここまで。個人が抱く夢や目標は、「腹落ち感」が大切で、これがいかに得られるかが勝負であること。そして「腹落ち感」は「逆引き思考」を生み出し、この思考こそが目標を達成する原動力となるのだ。言ってみれば、オリンピックの代表選手は目標が心の底から腹落ちした人たちの集まりなのだ。人はよく「才能が開花した」などという。そうではなく目標が腹落ちしたから、才能が開花したんであって、その逆ではないのだ。
ちなみに、この法則は個人だけではなく、法人(企業)や国家にも当てはまるというとわたしは思っている。機会があれば改めて言及したい。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝
画像素材:PIXTA