会長コラム“展望”

2024年問題の意味するところ

2024/04/01

社会

2024年問題の意味するところ

今年、社会に深刻な影響を及ぼすテーマとして「2024年問題」というのがある。これは働き方改革の一環で労働基準法が改正され、残業時間の上限を月45時間(年間360時間)とする法改正によって起こる、一部の産業への激震を指している。労働基準法はもともと2019年に改正されたのだが、すぐに適用するのが難しい業務については5年間の猶予が認められていて、いよいよこの 4月に期限切れになってしまうということらしい。

対象は自動車運転業務や建設業務、そして医師ということである。「物流の 2024年問題」が報道でよくクローズアップされているが、物流に限らず自動車運転を伴う運輸業(バスやタクシー等)も含めたもので、そう言われるのは特に物流へのインパクトが大きいということだろう。

ただでさえ人手不足が叫ばれる今日において、追い打ちをかけるような今回の法改正に、物流業や建設業の経営者からのどうしてこんなことを強制するのだろうという恨み節を、まったく関係のない私なんかも直接聞くことがあるくらいだから、こうした業種にとってはインパクトが大きく、特に中小零細企業はなおさらということなのだろう。

さて、この法改正が業界にどれくらいの衝撃を与えるのかを門外の私は知る由もないのだが、今回の問題にとどまらず、このような「働き方改革」が社会にどんな変化を及ぼすのかについては、私の興味の範疇に入ってくるテーマなので(ちょっと大げさ目に)想像してみた。


①一人当たりの労働時間に上限がはめられる中で企業が受注を減らさないで済ますためには、さらなる人の確保が必要になる。こうした行動を多くの企業が取るとすれば、雇用の確保のために賃金を上げざるを得ない。そのため、賃金上昇率が高まることになり(それが適度かどうかはさておき)日本のインフレ率の上昇に寄与するということにつながる。

②同時に企業は、単純に人の確保に走るだけではなく「どうすれば生産性が向上するのだろうか」という視点も強く持つようになるだろう。そうすると、テクノロジーの活用に目を向けることにつながってくる。効率化のためのシステムが進化したり、AIの活用や自動運転の普及を促進したりすることに連なっていく。さらにこうしたテクノロジーの進展は、その普及と相まってらせん階段状にテクノロジーの進展を招来することになる。

③いっぽうで人を惹きつける魅力に乏しい企業、そして生産性を上げることが難しい企業はこの変化から取り残されることになる。このことは言い換えれば、企業間の優勝劣敗を加速化させるということ。負け組の企業は淘汰され、廃業したり吸収されたりして市場から退出することになる。勝ち組の企業は負け組を飲み込み、結果として供給過剰が和らぎ、適切な競争環境に少しずつ近づいていく。

④上記の①~③の過程で起こるコストの上昇や生産性向上のための投資の加速化に対応して、多くの企業は適切な販売価格の引き上げ(値上げ)を行うだろう。企業を健全に運営させていくためには必要不可欠な行動であり、こうした企業が増えてくれば、受け入れ側も次第に理解を示す方向に向かっていくだろう。コストアップに応じた価格転嫁は収益の向上をもたらす可能性を高める。こうしたこともインフレ率の上昇に一役買うことになる。

⑤こうした流れの中で、もし賃金の上昇がインフレ率を上回るようになってくれば、消費の拡大が期待されるところだ。消費の拡大は企業業績の向上につながり、支払いや投資の増加、次なる賃金の上昇、利益の増加(=納税の拡大や企業価値の向上)を生み出す。これらはさまざまな方面からの景気の好循環につながり日本経済を潤すようになる。

⑥もし、賃金の上昇がインフレ率を下回った状態が続くと実質賃金は下がり、消費の拡大にはつながらず、経済の好循環とはならないのかもしれない。こうしたことも懸念はされるが、労働需給をタイトにする政策は、上記のようなさまざまな変革を企業に促すという点では一定の意味を持つように思う。生物と同様で環境に適合する企業や産業は行き残りそうでないものは淘汰される。こうした方向に日本もやっと向かいつつあるように思える。


今回の 2024年問題は「賃金引き上げ」という政策の一側面で、これだけでダイナミックな動きにつながるわけではないのだが、人手不足や働き方改革の促進は、変化する社会への対応という点で、企業や日本経済にとって悪い話ではないように思う。さらに、こうした流れは海外からの労働者の受け入れ拡大ということにもつながり、その先には移民の積極的な受け入れという政策の大転換も議論されるだろう。(どうせ100年後には世界中で人種は混ざり合っているに違いないのだから、早くやってしまった方が良いのでは?)

これだけではない。最近は国の考えが大きく変わりつつあるように感じることが多くなった。例えば最近「金融庁が損保大手に政策保有株の売却を指示」なるニュースがあった。損保大手企業の不祥事に対してこのような命令を下したのだが、これはおそらく、政策保有株を所有するすべての企業に対しての警告だろう。「事業と直接関係のない株式は売却して、直接事業に関わる投資をしなさい、さもなければ投資家にお金を返しなさい」というメッセージだ。

東証が「PBR1倍割れ企業」へ出した改善要請も同じ文脈で、このように企業への変革を求める動きが活発化しているのだ。今日の流れはいってみれば、「国のアクティビスト化」だ。背景には「資産所得倍増計画」という名の、国民の金融資産を預貯金からリスク資産へと向かわせ、資産からの所得を増やすことで経済を活性化させようという目論みがある。NISAの拡充もその文脈とつながっていると考える。

というような状況で、いよいよ政治も本気になってきたようだし、日本も紆余曲折はあるだろうけど、よい方向に向かって歩みを始めたのではないだろうか。よって、これからも適度なインフレを目指した政策がどんどん打たれるように思う。インフレは貨幣価値の下落を生み出し、そのことによって預貯金からリスク資産への移動を促し、資産価格の上昇は経済を潤す。また、世界一といわれるわが国の借金を実質的に減らすことにつながる。今般の株価 4万円は、そのことを暗示しているように思えて仕方がない。長期デフレからようやく脱却して、長期インフレ時代がやってきたのだと考えている。これまでの発想を大転換させよう!そんな人には大チャンスの到来なのだから。

株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝