会長コラム“展望”

鈴木敏文氏の功績

2016/04/28

ビジネス

わたしが勤める会社のすぐ近くにはファミリーマートがあるのだが、コンビニで買い物する際には少し先のセブンイレブンまで行く。取りも直さずセブンのほうが品揃えの充実、商品の品質の点で優っていると思うからである。もう少し言えば、過去の買い物を通して形成されたコンビニに対する序列が、セブンが1番という意識をつくりあげ、わたしを2分ばかり余計に歩かせているというわけだ。


セブン65.5万円、ローソン53.3万円、ファミリーマート50.8万円という1店舗当たりの日販の差は、さほど大きく感じない人もいるだろう。しかしこれを年商に直すとセブンと他の2社との差は1店舗当たりで5000万円以上になるわけだから、横綱と十両ぐらいの圧倒的な格差が生まれているわけだ。そして、この格差を追随する2社が商品政策によって埋めていくことが可能かと言えば、ほとんど困難だとわたしは考えている。


なぜなら、セブンと他の2社との違いを生み出しているのは、商品政策の差ではなく、商品政策の継続的な差異から生じ、これが長年にわたって蓄積された結果としての消費者のブランドイメージの差だからである。さらに言えば、一つひとつの商品やサービスに徹底的にこだわる企業風土の差であるわけだから、追随する2社はセブンに対するファイティングポーズを崩していなくとも、実態は厭戦気分の蔓延をどうやって食い止めるかが重要な経営課題となっているはずだ。


実際に追随する2社はトップに挑戦状を突きつけることは諦めて、2着確保に動き出しているように見える。ファミリーマートはユニーグループと経営統合し、サークルKサンクスを実質的に傘下におさめることになった。店舗網を拡充し、ローソンとさえ差をつけておけば、あとはセブンの商品政策を徹底的にベンチマークすれば2着は確保できる、そんな読みだろう。焦ったローソンはどうするのだろうか。前の経営トップは2着争いは性分に合わないのか、首位争いができそうな食品業界に転職してしまった。自らが2位グループ定着の戦犯であることは棚上げにして。スーパーや映画館を買収したところで、コンビニ戦争で生き残っていくことはできない。ファミリーマートを傘下におさめる伊藤忠商事に、最近はやられっぱなしの印象がある三菱商事にしてみれば「小銭を拾っている場合じゃない」ということなのだろうか、この事態は看過できないのだろう。そんな雰囲気が先般のローソンのトップ人事にも垣間見られるように感じるのは邪推だろうか。


さて、このあたりで話を戻そう。このようなコンビニ業界における圧倒的な格差をつくりあげたのが、取りも直さずセブン&アイ・ホールディングスの会長であった鈴木敏文氏である。先般、このコンビニ業界のカリスマが突然引退を表明した。引退のきっかけをつくった事件の詳細については多数の報道があるので、そちらに譲るとして、その感想を少しだけ記しておきたい。


鈴木氏はセブンイレブンの社長である井阪隆一社長を交代させる人事案を提案したところ、これが否決されたわけだが、井阪社長の交代について鈴木氏は「自分が指示したことをやっているだけ。井阪氏がつくり出した新しいものはない」と周囲に漏らしていたと言う。


いっぽう社外取締役を含めた取締役会は、井阪社長のもとで5期連続最高益を達成しており交代する理由が見当たらないと考えたらしい。しかし、ふつうに考えれば5期連続最高益はその5期の経営のかじ取りの成果というよりも、その前10年程度のさまざまな打ち手の結果であるはずだ。5期連続最高益は単なる結果であって、そこに至るプロセス(新しいものをつくりあげること)に井阪社長が注力していないのであれば、それは今後の経営に悪影響を与える、と鈴木氏は考えたのだろう。


小さな会社を経営するわたしだってトップの最も重要な役割は、今期の業績を上げることではなく、今期を含めた今後10年間の業績の総和を最大化することだと考えているわけで、そんな視点で見れば、鈴木氏のコメントは「確かにその通りだよな」と思ってしまう。


鈴木氏に関しては自他含め多数の著作がある。また、経済紙等のインタビュー記事も多くある。そんな中で、わたしが鈴木氏から学んできた経営のエッセンスは、このようなものだ。

 ・新しいことに常にチャレンジすること

 ・既成概念を取り払いゼロベースで考えること

 ・成功するまで粘り強く取り組むこと

 ・成功に安住せず、常に新たな改良を加えること

当たり前と言えば、当たり前だが、これを継続することがいかに難しいかは、コンビニ業界の他の企業を見れば一目瞭然だ。そして、「コンビニの育ての親」と言われる鈴木氏の功績はコンビニエンスストア業界にとどまらない。高度成長から成熟期に至る日本の社会における小売業で果たした功績は絶大である。


また、その経営哲学をマネジメントにたずさわる多くの人たちに伝えることで、経営者の教師の役目を果たし、そのことを通して日本の経済にも大きな役割を果たしてきた。


高齢のことがいろいろ言われたりしているようだが、人間はそもそも個体差がある。権力の乱用みたいな報道もあるが、人間なんてもともと不完全、神さまじゃあない。仮にそんなこと差し引いても、その功績は計り知れないものがあると思うし、社会が最高の賞賛をすべき人物だとわたしは考えている。

さまざまな報道がなされるなかで、こんな視点からのものがなかったので、ちょっと書いてみたかった。



株式会社 鎌倉新書

代表取締役社長 清水 祐孝