2025/05/15
社会
なんだか最近はトランプ大統領にまつわるテーマが多くなってしまって恐縮している。だけどネットフリックスを見る習慣がない私にとっては、こっちが最高のコメディドラマなのである。ということで、その手の話ってことでご容赦を。
さて、これを書いている時点(5月13日)で起こったお笑いネタが、米中双方の高率関税の一時停止というドタバタ劇である。わずか1ヵ月で言い出したことを引っ込めるぐらいだったら最初から言い出すなよって話。行き当たりばったり政権の典型だ。
米中関税問題については前回の本稿で取り上げたが、そのときの想像通りになってきた。改めてみると流れはこんな感じだ。
トランプさんは高関税を吹っ掛ければ中国はひれ伏すと思い、実行してみた。ところが意外にも、中国はひれ伏すどころか同じ税率で対抗してきた。カッときたトランプさんは、さらに税率を上げて今度こそは降参させてやるぞ、と目論んだけど、中国はこれまた敵対してきた。気がつけば対中関税率は145%。両国間の貿易が激減する危険なゾーンだ。長期目線の中国は持久戦を決め込む。するとアメリカの政権内では、こんなのが続いたら国内がもたないぞ、となってきた。大衆の生活の隅々にまで中国製品は入り込んでいるのである。さあ困った、だけど言い出しっぺのトランプさんは振り上げた拳を下ろせない。そこでベッセント財務長官のお出ましだ。
「中国さん、関税の件について協議しませんか」と持ち掛けるけど、返事は「やってあげてもいいけどアメリカにはわざわざ行かないよ」とまあこのようなものだろう。さりとて弱みを見せたくないアメリカは、中国に出かけていくわけにいかない。そこで妥協点は「ジュネーブあたりでどうでしょう」って話だ。
そんなこんなで、結局のところ高率の関税は90日間の棚上げとなった。この間、公式にコメントを出すのはアメリカばかりで、中国からはまったくといっていいほど言及はなく、トランプ政権の「独り相撲」をあざ笑うかのようだ。棚上げ期間の90日が過ぎたらどうなるかといえば、それは明々白々。高率関税に戻せるわけはない。中間選挙15ヵ月前からの関税引き上げは、生活の隅々にまで入り込んでいる中国製品の値上げってことだから、国民に対する印象はあまりにも悪い。そして、そのことがインフレや景気悪化を招くことになっては、選挙で共和党はひとたまりもない。こうした事情を中国側は見透かしている。つまり交渉の主導権は中国側にあるのだ。
となるとこの先、中国に対する関税は頑張っても30%止まり。あとは中国にとって痛くも痒くもないテーマで譲歩を引き出し、それを「成果だ!」なんて誇張するぐらいが関の山だろう。
この一連のやり取りは、今後アメリカとの交渉を控える日本やEU、アジアなどの国々を勇気づけさせる。高率関税が長期視点や強い信念からの行動であったとしても、まずは優位な取引のための一手で「脅しに屈服さえしなければ、いずれ適切な落としどころが見つかる」ということがバレてしまったからだ。こうして今回の米中交渉が指標となって各国とのやり取りが進んでいくわけで、穏当な線で落としどころが見つかるのだろう。Tariff man(関税男)を気取ってみたが結局はTariff boy(関税坊や)程度の成果しか得られず、結果的にはあてにしたほどの財源の確保はできないから、約束していた大規模な減税も無理ってことになるのだろう。
さて、日本にはこれからアメリカとの関税交渉が待っているわけだが、ここで石破政権に対して私からの提案がある。もちろん聞いてはもらえないだろうが。
石破さんがまず考えなくてはならないのは、「国益とは何か」ということである。「交渉によって納得できる水準で妥結すること」を国益と考えてはいけないと思うのだ。なぜなら簡単に妥協をすれば、自由貿易体制をぶち壊そうとするトランプ政権の企てを手伝うことになるからだ。そうした考え自体が誤っているということを認識させ、自由貿易体制の維持こそがベストな選択であることをトランプ政権やそれを支えるアメリカ国民に理解させる必要がある、と考えるべきなのだ。
そのためには、EUやアジア諸国、あるいは中国を含めてこの問題について連携することを呼びかけ、それぞれの国が激しく、粘り強く交渉を行うことを確認しあうことが肝要であろう。
現在、設定されている90日の猶予期間を引き延ばせばもう90日となり、どんどん来年秋の中間選挙が近づく。そうなってくると、焦るトランプ政権は強引に関税を引き上げるかもしれないが、そこは我慢のしどころだ。高関税は先にアメリカ経済を蝕むという信念を持ち続け、多少の犠牲は許容してでもこれまでのような自由貿易体制の維持に向けて粘り強く交渉すべきだ。短期の国益(=妥協によって目先のショックを和らげること)に囚われ、中長期の国益(=世界の自由貿易体制の維持)を各国は放棄してはいけないのだ。
今こそ、短期的な国益ではなく中長期的な国益という視点を持ったリーダーがそれぞれの国に求められている(カナダのカーニー首相はそんな感じがする)。自由貿易体制をぶち壊そうとするようなリーダーが世界の中心たる国家であるアメリカに二度と現れることがないように、各国が連携することが何より重要だと思うのだ。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝
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