会長コラム“展望”

リスクを嫌うわたしたち

2020/08/01

社会

せっかく非常事態宣言が解除されたかと思ったら、さらに難しい状況になってきた。


これ以上経済活動を止めると、中小零細に限らず多くの企業が持たないし、雇用に深刻な影響を与え失業者があふれかえる事態になってしまう危険性がある。そこに対して更なる財政支援ができるかと言えば、そんな余裕はまったくない。


いっぽう、経済活動を平常時に戻していくと、どうしても人と人との接触が増えるからウイルス感染者が増えてしまう。経済活動と公衆衛生のトレードオフの関係がくっきり浮き彫りになったのが今の状況だ。


ということは、どちらを取っても犠牲者が出ることは免れないが、どちらの犠牲の方がまだマシなのかという議論をしなくてはならないということになる。


ところが私たち日本人はどうやらこれが苦手なようだ。

「一つだけしか答えのない問題を解くこと」ばかりを教わってきたこともあるのかも知れない。

「正解はない問題に答えを出す」「先の見えない選択をする」ことには慣れていない。


政府(官房長官)と自治体(知事)が「圧倒的に東京の問題」「これは国の問題」なんて責任を押し付け合っているのは、そのことを見事に表している。情報を可能な限りオープンにしたうえで、「答えは誰もわからない、でもこう信じてこちらに進もう」というメッセージを伝える局面に入っていると思うのだが。マスコミも同様で、毎日トップ扱いで新規感染者数を報道しているが、この数字が最も重要な指標なのかについては再考の余地があるはずだ。

「新規感染者の数を抑える」ことが大切なことはそうかも知れないが、「人々の恐怖心を抑える」という視点が見えないのはなぜだろうか。都民の2ケタの感染者が3ケタになると感覚的には増えたなとは思うけど、1400万人の人口から考えれば確率的には誤差の範囲とも考えられる。また他の感染症、例えば新型インフルエンザと比較しても、特段の致死率が高いわけではなさそうだ。


Q10.通常の季節性インフルエンザでは、感染者数と死亡者数はどのくらいですか。

例年のインフルエンザの感染者数は、国内で推定約1000万人いると言われています。

国内の2000年以降の死因別死亡者数では、年間でインフルエンザによる死亡数は214(2001年)~1818(2005年)人です。また、直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する超過死亡概念というものがあり、この推計によりインフルエンザによる年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されています。(厚生労働省ホームページより)


コロナでは現時点で1000名弱の死亡者が出ているが、仮に年間で考えてみても人々の恐怖心と実態が見合っていないように思える。交通事故でも年間3000名以上が死亡するが、(ピーク時は年間17000人)だからといって運転を止めようという人はいない。


どうやら、私たちには「目の前のリスクを過大視する」「リスクを客観的に見積もるのが苦手」という傾向があり、それが日本人は相対的に強いようだ。


そういえば、金融資産に占めるリスク資産の割合はアメリカが5割弱、ヨーロッパが3割弱なのに対し日本は1割強で現預金の比率は全くその逆だという。開業率(新しく開設された事業所の全体に占める割合)も日本は5%程度なのに対し、欧米は10%を超えている。これらの数値は、リスクに対する選好だけが要因ではないにせよ、日本人は「安全が初期設定」となっていることを示している。


しかし、これからの日本は、すでに財政状況が先進国で最も悪化している国であるにもかかわらず、今後も人口減少、労働力減少、高齢者比率上昇、長寿化という経済にとってネガティブな状況を背負いながら生きていかなくてはならない。本来はリスクが大嫌いな人々が、知らず知らずのうちに大きなリスクを背負っている、という状況でありこれが少なくとも数十年は続くのだ。国は金融商品のリスクについて金融機関にしつこいぐらいに説明させるが、自分たちは納税者に財政のリスクを説明しない。


リスクを直視する方向に人々を向かわせることが重要なのに、そんな役回りは担いたくないとリーダーたちは思っているようだ。将来の騒ぎは存外大きなものになってしまうのではないかな。


株式会社鎌倉新書

代表取締役会長CEO 清水祐孝