会長コラム“展望”

リーダーとは

2020/05/01

ビジネス


「こんな大変な時期に一緒に戦ってくれない、もう辞めてもらおうかと思います」


先日、付き合いのあるベンチャー企業のオーナー経営者(仮にK君としよう)からこんな愚痴を聞かされた。


機械関連の商社を経営するK君の会社は、昨今のコロナウィルス騒動のあおりを受けて経営環境が激変、注文や受注予定のキャンセルや延期が相次ぎ、またもや(生粋のベンチャー企業なので)危機に苛まれているという。彼には、大企業で経営幹部を長く務めていた取締役が相棒として会社の経営を支えてくれている。相棒はこの会社の事業分野でのネットワークを広く持つ人であり、その知見や人脈を活用して少しずつ業容を広げてきたのだ。


やっと軌道に乗るかという矢先の出来事が今回のコロナウィルスに関連する一連の騒動だ。


当たり前のことだが、歴史の浅いベンチャー企業に資金的な余裕などない。大幅な売り上げの減少に直面したK君は、資金の枯渇(=倒産)という恐怖と戦いながら、キャンセルの阻止や、新たな受注へ向けて現場で陣頭指揮をとり、日々奔走している。


ところが、相棒のほうは「コロナウィルスの危険を避けるべき、出社はやめてリモートワークにしよう」言い張り、全く会社に出てこなくなってしまったのだという。リモートワークでは仕事ができないというわけでもないのだろうが、「危機感を共有して欲しい、現場で一緒に先頭に立ってやって欲しい、社員に示しをつけて欲しい」というK君の思いが、彼に冒頭の言葉を言わしめているのだ。


相棒がいま最も大切だと思っていることは、直接的にコロナウィルスの感染を避けるということだけではなく、感染者が出た場合に会社の経営に与える悪影響だと推察される。自分の身だけではなく、会社のこともしっかり考えてくれているはずではある。


いっぽうK君とて、ウィルス感染のリスクを軽視しているというわけではない。しかし、彼にとっての差し迫った危機は、コロナウィルスだけではない。ここが大切だ。彼にはコロナ危機以外の、もう一つの大きな危機が目前に迫っている。それは「会社の存亡」という危機だ。


ひとつの危機を重要視する相棒、ふたつの危機を抱え込むK君。

2人の議論が平行線を辿る重要な理由がここに存在している。


東京都で感染者が5,000人を超えたというニュースを、相棒は「凄く多くの人が感染している、この危機はわたしたちの目前に迫っている」と感じるいっぽう、K君のほうは「5000人なんて東京都の人口1300万人の0.04%、つまり2600人に1人の確率なのだから社員10人のわが社の社員が感染する可能性は低い。いっぽうの倒産確率は50%、こちらのリスクのほうがよっぽど大きい。自分と社員、そして取引先や株主に迷惑を掛けるくらいなら、死んでも構わない(これらはわたしの勝手な想像だが)」と無意識のうちに思っているのだろう。


二人の立ち位置の違いこそが「リーダーとは何か?」という重要なテーマである。


両立し得ない複数の課題を突きつけられる環境のもとで、あるいはそのような環境を自ら選択し、その中でもがき苦しみながら、考え得る最善の手を打つ。


これがわたしの考えるリーダーだ。


リーダーとは人を統率する人、みたいなイメージで捉えられることが多いような気がするが、そうではない。重要なことなのでもう一度。


両立し得ない、相反する課題に直面し、その中で意思決定をする人=リーダー


ゆえにリーダーは、その立ち位置にいない人や傍観者(単一の見地しか持ちえない人たち)の格好の餌食となる。

ちなみに「良いリーダー」とは、正しい意思決定をする人ではなく、意思決定に多くの人を従わせる能力や魅力を備えた人のことだと思う。


リーダーは国家や会社にだけ存在するものではなく、家庭内にも学校のクラス内にも存在する。安倍首相の意思決定には個人的に賛同できないことも多いが、彼は紛れもなく複数の課題を背負い苦しみながら意思決定をするリーダーではある(今のような非常時に向いたリーダーではないように思うが)。会社の健全な成長と、社員の給与とのバランスに悩んだり、顧客満足度の向上と収益性の確保という一見両立が難しい課題にチャレンジする経営者ももちろんリーダーだ。子供の成長を心から願い、そのために子供に自分たちで考えさせ、できるだけ何もしないことを、「子育て放棄」などと妻からなじられている夫もまたリーダーだ。


リーダーの立ち位置を得ると、ものごとが善悪二元論で単純に片付くものではないことを経験する。相手を無邪気に批判するだけではなく、「きっといろいろ悩んだ末に決めたんだろうな」ということに思いが至る。そのことは相互の理解を深め、結果的に良い結論に近づけることにつながる。それ故、リーダーを増やすことを、国や会社だけでなく、どの段階でも増やす必要があると思っている。


K君は、相棒に辞めてもらおうと考える前に、相棒としっかりコミュニケーションを取り、彼の意見に真摯に耳を傾けるとともに、自らの苦しい立ち位置を理解して貰えるように努めるべきなのだろう。

この考えをもう少し進めれば、「リーダーとは他人事を自分事にできる人」とも言えるのだから、多くのリーダーを育成することがイコール会社の成長につながるということでもある。


両立が難しい2つ以上の問題を抱えながら、考え決断する人=リーダーをわたしたちは増やしていかなくてはならない。

無邪気に他人様を批判しているヒマなどないはずだが、SNSやtwitterではそんな話がほとんどのようだ。


株式会社鎌倉新書

代表取締役会長 清水祐孝