会長コラム“展望”

市場を創り出す

2021/10/01

ビジネス

市場を創り出す

書物や新聞、雑誌を読む時間が以前より少なくなっている。もともとは活字中毒というやつで、いつも情報に飢えていた。読書のために時間を取ろうなんて思わなくても、スキがあれば活字に接していた。いまは、そんな瞬発力も衰えているので、意識して時間を確保しないといけない。そんな衰えを感じる中で、最近自らが進むべきだと考える事業に対する方向性に大きな自信をもたらしてくれた一冊の書物との出会いがあったので報告したい。

「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親であり、ヤマト運輸の中興の祖である小倉昌男氏(故人)が記した『経営学』、初版が 1999 年だからかなり古い本だ。

これを読むのは初めてではない。最初は何気なく読んでいて、2度目は勉強会の題材だった。今回は3度目、たまたま社員がこの本について言及しているのを聞き、「そういえば、そんな本あったなあ」程度の気持ちで棚から見つけて読み直してみた。

ヤマト運輸は小倉氏の父親が創業した会社で、当時は大口の商業貨物の輸送を行うごくありふれた物流企業だった。戦前は日本一のトラック会社だったそうだが、戦後の高度成長期に需要が拡大した長距離輸送の進出に出遅れ、小倉氏が若いころには苦境に陥っていた。その打開策としての多角化を図ったものの事業は伸び悩み、そうこうしているうちに主力である大口の商業貨物輸送の収益も悪化し、危機に直面していたという。

そんな中で小倉氏は社長に就任。以前からアイデアを温めていた商業貨物輸送から個人宅配輸送への転換を図ることで危機を乗り切ろうと考えた。商業貨物輸送と個人宅配輸送の違いはこのような感じだ。

商業貨物輸送 個人宅配輸送
毎日、毎月(定期的・反復的) いつ、どこの家庭から出るかわからない(偶発的)
輸送ルートは決まっている(定型的) どこに送るのか決まっていない(非定型的)
ロット大きい(大量的) ロット小さい(少量的)


どこに取りに行って、どこに届けるのか。これらが全くわからない、しかも荷物はたった 1 つ。このような性格を持つ個人宅配輸送を行ったところで、事業が黒字化するとは当時は誰も考えておらず、参入を模索する小倉氏に対して、社内の賛同はなかなか得られなかったという。しかし、当時の日本はどんどん豊かになる時代であり、個人宅配のニーズは潜在的に大きい、そのように小倉氏は見抜いていた。一見したところ、デメリットだらけの個人宅配輸送にも、よくよく考えればメリットもあるということだ。

商業貨物輸送 個人宅配輸送
需要安定、だけど競争多く、運賃安い、支払条件悪い→頑張っても儲からない 需要不安定、だけど運賃は値切られない、しかも現金で払ってくれる→上手くいけば儲かる
荷主にあごで使われる 「ありがとう」「ごくろうさま」と感謝される
常に競争が激しい、参入が容易 一度築かれたネットワークやブランドには参入がきわめて難しい


絶対儲からないと業界から言われ、社内でもすべての役員に反対された個人宅配輸送の事業にも、よくよく考えるとデメリットだけではなくメリットもある。そして、やり切れば大きな需要を獲得でき、参入障壁の高い事業となる、小倉氏はそのように考えたのだ。

結果的にヤマト運輸は、誰もが儲かりそうもないと考えていた個人宅配事業に参入し、他の企業の追随を許さない地盤を確立した。今日では押しも押されもせぬ物流トップ企業であり、「クロネコヤマトの宅急便」はトップブランドである。

さて、この本のタイトルは「経営学」となっているが、テーマは「市場を創り出す」ということ。莫大な潜在需要を顕在化させ、事業として確立、圧倒的なトップブランドを築き上げたという企業の発展成長の物語の裏で、小倉氏は「新たな市場を創り出す」ことの意義深さを訴えているのだといのうのが私の感想だ。

この書物との出会いは、自らを奮い立たせるのに相当役立つ。なぜなら私たちも、「終活」という潜在需要は大きいが、誰もやっていない市場を創り上げるチャレンジを行っているからだ。道のりは平坦ではないだろうが、やり切ればヤマト運輸同様の圧倒的な企業規模やブランド力を手にすることになるだろう。何より既に出来上がった市場に分け入る企業がほとんどの中で、「市場を創り上げる」チャレンジができるなんて、一度きりの人生でこれほど幸せなことはない。

株式会社鎌倉新書
代表取締役会長 CEO 清水祐孝