会長コラム“展望”

短期と中長期は常に対立する(前編)

2021/03/01

組織

短期と中長期は常に対立する(前編)

少し前の日経新聞に「コロナ対策、世界で 1300兆円 財政支出や金融支援総額」なる記事が載っていた。コロナ対策に関連して世界中の国々で財政支出や金融支援が爆増していて、国家債務が過去最大となっているというニュースである。違和感はない。今日コロナウィルスは世界中の人々の健康や生活を脅かす存在なのだから、このような対策自体はやむを得ないこととして理解される。ただしもう少し踏み込むと、対策には多額の資金が必要なわけで、それが賄えるか否かという問題がある。原資が過去の貯えから持ってこられない場合には(多くはそう)借金が必要なわけで、この場合は規律を守り、無駄な支出を絶対しないことや、どうやって返済するのかを考えておかなくてはならない。特に日本は借金大国でそこの検討は本来欠かすことができないはずだ。

日本の政府債務残高の GDP 比は見事に世界の金メダル、最近の IMF の報告書によれば 266%に及び 2 位のイタリア(161%)を大きく引き離す。ちなみにこのデータによるとアメリカはトランプ前大統領が大盤振る舞いで債務を急増させたにもかかわらず まだ131%、日本から見ればとても健全に思える水準だ。日本は今世紀初頭頃から「先進国は国家債務をどこまで増やすことができるのだろうか」という実験を世界に先駆けて行ってきた。そこから得た教訓は「債務を野放図に拡大させたとしても危機は当分訪れない、少なくともあなたの任期中は」ということのようで、この教え、いわば世界借金教を世界の各国の首脳たちに広めてきた教祖様のようだ。

さて、今回わたしは財政を拡大すべきではないとか、拡大する際には経済再生と財政健全化をセットで考えよといったテーマを蒸し返したいわけではない。そのような議論は当事者や専門家がさんざん行っていて、わたしのようなド素人が出る幕はないわけだし。そうではなく短期(目線)と中長期(目線)は常に対立する、ということをテーマにしたかったのだ。

現在のコロナ禍の状況下では、たとえば感染者を減らすために行われる事業者への協力金や、経済活性化のために行われる go to キャンペーンなどの、さまざまな対策が必要なわけであるが、これらの原資は過去の貯えから出るわけでもなければ、菅さんがポケットから出してくれるわけでもない。これらはわたしたちの子どもや孫たちのポケットから将来徴収されるものだ。従って、短期的な打ち手の効果と、長期的な痛みが釣り合っているものかどうかを本来はしっかり検討して意思決定しなくてはいけないはずである。しかし、そのような観点からの検討がなされた可能性は極めて低い。


もし菅首相がその職に長く留まっていたい、在任中に業績を残したいと思えば、目先の大切な指標である内閣支持率を上げよう、維持しようとふつうは考える。そうすると、今日明日にでも大衆が喜ぶ施策を選択するというインセンティブがどうしても働いてしまう。多くの人は目先の課題を極大化し、将来のそれは小さく見積もる習性があるから、短期的な痛みの緩和には拍手喝采し、中長期的に痛みには目が行きにくい。

日本には将来の財政健全化という極めて重要なテーマが存在していて、そこへの取り組みしっかり行わなくてはいけない。また歴代のトップは全員それを認識していたと思うのだが、実際には、すぐには成果が出ない取り組みや痛みを伴う改革はトップの高い視座と度量、そして強固な権力基盤に加え中長期的な時間がなくては実現できない。結果として、これまでのトップは常に(国民に喜ばれそうな)短期的な打ち手と、(国民には気がつきにくい)中長期的なリスクの拡大を行ってきた。それが国家債務の継続的な膨張という形で数字になって表れている。もちろんこのことはリーダー個人の資質の問題というよりも、構造的な問題である。何かを大きく変えようと思ったら中長期の時間軸が必要、だけどその時間軸に(構造問題に気が付かない)国民が耐えられない。よって不人気になり権力基盤が維持できない、仕方がないから短期的に喜ばれることしかやらない。結果的に本来やるべきことは遠のき、リスクはさらに拡大する。この変えられない構造こそが日本の閉塞感の元凶であり、高齢化や少子化といった問題はそこから派生的に生じている課題に過ぎないのだと思うのだ。


最後にこの構造は、企業経営にも共通する。企業が社会や市場、あるいは顧客の変化によって曲がり角を迎え構造改革が必要な時期が来ても、慣例で任期が決まっているトップには構造改革はできない。改革には中長期の期間が必要なわけだが、トップの任期はそれより短く、ここに大きなミスマッチが存在しているわけだ。投資家と話をしているとオーナー企業にしか投資しないという方によく出くわすが、きっとそういうことを言いたかったのだろう。この点については次回例を交えて言及したい。


株式会社鎌倉新書
代表取締役会長 CEO 清水祐孝