会長コラム“展望”

「熱狂」と「狂気」

2024/03/01

個人的価値観

「熱狂」と「狂気」

「中国に一律 60%の関税をかける」
「USスチールの買収はひどい話だ、私なら必ず阻止する」

ご承知の通り、トランプ前大統領が米国民に向かって発したとされるメッセージの一例だ。彼は次の共和党の大統領候補を目指してこうした発言を繰り返している。中身はめちゃくちゃ、実現の可能性なんてまったく考慮しないし、これらの主張に政策としての一貫性もない。ただし共通点はある。それはメッセージが徹底してシンプルで、数秒で聴衆に伝わるということだ。

同じような事例は日本にもあったことを覚えているだろう。「郵政民営化」という一つのメッセージを連呼し続けた小泉元首相だ。


そう、彼らは知っていたのだ。人々を惹きつけるためには、メッセージは単純でわかりやすく具体的であることが大切なことを。人々はあなたの主張を10分も20分もかけて事細かに聞く気などなく、数秒しか耳を貸してくれないことを。そして、人々はあなたの主張を吟味、理解、納得して判断するのではなく、印象で判断することを。長いメッセージに対してではなく、シンプルなメッセージのみが熱狂を生み出すことを。


先日、ある野党の党首を招いた勉強会で、その政党の掲げる政策についてじっくり聞かせてもらう機会があった。以下が政策の三本柱である。

「自分の国は「自分で守る」
「給料が上がる」経済を実現
「人づくり」こそ国づくり

このような政策を掲げており、そのひとつひとつの中身はとてもリーズナブルなものであった。また党首はハンサムな知識人で、多くの人から好感を持たれるタイプの人物だ。そして彼の率いる政党が政権を取り、政策が実現すれば社会はよい方向に向かうだろうと予感させるだけの説得力も持っていた。だけど私は彼らが国民から大きな支持を得て政治的な力を持ち、主張が実現していく可能性は極めて低いだろうと感じざるを得なかった。


国民にとって必要な政策は知識と経験のある人が集まれば作り上げることができる。すると、それぞれの政党が打ち出す政策の大筋は似たり寄ったりになる。現代は、資本主義か共産主義かなんていう社会体制の議論をしているわけではないわけだし。


もちろん各党の政策は全く同じではなく違いはある。あるのだけれど、小さな差異を人々はわざわざ時間をかけて見いだしてくれるわけではないから、適切な政策を打ち出すだけで優位を確保することは難しい。当たり前だが政策を実現するためには政権を取る、あるいはキャスティングボードを握らなくてはならない。そのためには議席数が必要であり、議席数 には得票数が必要である。そして本稿の冒頭に戻る。悲しいかな、「正しい政策の羅列」では得票数には結びつかないのだ。私はこのような話を1時間聞いても苦にならない。しかし、繰り返しになるが人々が「耳を貸してくれる時間は数秒」で、ほとんどの人は「印象で判断する」のだ。


ここで人々を惹きつけるための「熱狂」が必要になる。そして「熱狂」を生み出すのは何かといえば、リーダーの持つある種の「狂気」である。この素養を持つのがトランプ元大統領であり、小泉元首相だ。ひと昔前、日本維新の会を率いていたころの橋下徹氏もそんな雰囲気を持っていた。(特に橋下氏の場合、トランプ元大統領とは異なり、狂気だけではなく正しさや一貫性も持ち合わせていたように私は思っていた。なので、政界からの引退は個人的には残念だった)。


さて前述の党首は、人柄も考えも素晴らしいとは思うものの、リーダーとしての「狂気」を感じることはできなかった。もちろんそんな素養を持つ人材は多くはないわけで、それを望むこと自体が間違っているのかもしれない。人々をその気にさせるには、正しさだけでは不十分で、「熱狂」を生み出せる「狂気」を持ったリーダーが必要なのだろうと感じた次第。ということで、世界のインテリはこの秋、トランプ元大統領の返り咲きに直面することになるのかも知れない。あまりいい気持ちはしないだろうけれど。


株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝