2026/08/01
個人的価値観
今回のサッカー北中米ワールドカップにおいて、日本チームはまたしても残念な結果に終わってしまった。普段はサッカーに興味なんてないけれど、今回はさすがに、夜中に目覚ましをかけてブラジルとの対戦をテレビ観戦した。まかり間違って勝つことができれば、勢いに乗ってトントン拍子で決勝戦まで行って、もしかして優勝? なんて期待感を抱かせるほど、今回は代表選手の力量や組織力が充実していたという。けれども熱が冷めて冷静に考えてみると、その程度の代表チームはきっとほかにもたくさんあるのだろう。ちょっと過大評価バイアスがかかっていたのかもしれないと感じた。客観的に考えると日本は、おそらくベスト32が妥当なところ(くじ運がよければベスト16あたり)で、世界の中での日本は、「(強豪国にもたまには勝てる)そこそこ実力あるチーム」ということなのだろう。
「たまには勝てる」と書いたのは、勝負は実力だけで決まるものではないからだ。スポーツは実力にプラスして、その時々の運が勝敗を左右する。そこで日本対ブラジル戦の勝敗のイメージを図で示してみた。下図の通り、ブラジルのシュートがポストに当たって外に出る、日本はその逆になる、みたいなことが試合の中で仮に続けば、日本の勝利ゾーンに入るってことだ。この図は実力と運の関係を示したものだが、このうち「運」については、4年前のカタールでのワールドカップの際、2023年1月の本コラムにて言及しているので、そちらをご参照いただきたい。

さて今回は、「運」とはまったく異なる、ワールドカップでの気づきをテーマとしたい。わたしが「えっ」と思ったのは、日本対ブラジルの観戦をしようとテレビを点けたら、民放と同時にNHKでも試合を放映していることに気づいたとき。「放映権料も安くはないだろうに、どうして2つのチャンネルで分散して放送するのだろう」なんて疑問が生じた。「民放で見られるものをわざわざ公共放送であるNHKが割り込んで放映する必要があるのだろうか?」と。もちろんわが国においてサッカーは身近なスポーツであり、代表戦に関心を持つ人は多いだろう。だけど国民の圧倒的多数の関心事であるとまではいえず、いわば大きな娯楽番組のひとつである。ニュースや災害情報、国会中継などとは異なり、「そもそもNHKが放送する必要があるの?」ということだ。ただし費用が安いなら許容もできなくはない、と思い、放映権料について調べてみた。
当然だけど、安いわけはない。
日経新聞の報道によれば今回のワールドカップの日本国内における放映権は全体で350億円規模だと推定されている(契約上公表されていない)。これを、DAZNとNHK、日本テレビ、フジテレビで分け合っている。NHKが支払った金額は不明だが、日本戦のすべてと有力試合を多数放映することから、100億円は下らないのではないか。
そんな中で先日、NHKの2025年度の決算が公表された。これによると事業収入6130億円に対して、企業の利益に相当する事業収支差金は3 1 8億円の赤字だ。赤字の会社(のようなもの)が大多数の国民の利益となるわけでないものに、これほど巨額の支出をしてもよいのもなのか、これが最初の論点である。次に、年間の事業規模に比しても高い割合の巨額支出であるにもかかわらず、具体的な支出額は契約上の観点から公表されていない、ということが次の論点。税金に近いカタチで国民からお金を集めておきながら、金額を公表ができないような契約に巨額の支出をすることは適切なのか、ということがある。国民に対して情報公開の義務があると考えるならば、「契約内容を公表できないのならば、放映権の購入は諦めます」という意思決定をすべきではなかったのではないか。
こんなことを書いたけれど、わたしはNHKによるワールドカップ放映権獲得という意思決定を問題にしたいのではない。個人的には、公共放送であるNHKには「国民の生活に密接に関わる政治や経済、あるいは国防、防災などさまざまな社会課題に関するテーマにお金を使ってほしい」とは思うけれど、人によって意見はさまざまだとも思うし、議論されたうえでの最終的な意思決定であれば、それでよいと思う。今般わたしが主張したいのは、「意見の対立を生みそうな問題」が表に出ず議論されないままこっそり処理されるっていうのはどうなの? ということである。
ということで、「問題意識を持てない国民」と「問題を表に出さない、結果として議論されない社会」に対する問題提起が今回の主題なのだ。これらは根の深い課題であるし、最終的には教育の問題に行きつくわけだから、超長期の視点が必要なテーマではある。社会的な影響力がある人や組織が、こうした課題を俎上に上げる日はいつ来るのだろうか。
【おまけ】
以上、偉そうなことを書いてみたが、その後、どうしてこんなことが起こっているのかということについての新たな気づきがあった。要はワールドカップの放映権料が高額すぎて、広告収入で事業を成り立たせている民放ではとても手を出せないのだ。放映権の価値が高騰するとともに、円安が進行したことで、民放はワールドカップというコンテンツで採算を取ることができなくなった。そこで、NHKにお出ましいただき、(採算にシビアでない)税金に近いお金を投入することで、「国民が有料放送でしかワールドカップが見られない」という状況をなんとか避けた。これがおそらく実態であろう。
世界のトップグループにじわじわ迫る日本のサッカーとは正反対に、経済のほうは円安の悲哀、そして世界のトップグループからの陥落をひしひしと感じたのが今回のワールドカップ観戦記でした。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝
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